認知症は、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群です。
認知症にはタイプがあるため、その特徴を理解してそれぞれの症状にあった介護を行うことで、介護する人もされる人も尊重されるケアができると考えます。また、その症状には中核症状と行動・心理症状というものがあり、これらが介護をするうえで関わり方を考えるヒントにもなります。この記事では、認知症タイプと症状の特徴を考えながら、認知症介護で活用できる関わり方について考えていきます。
認知症は物忘れから始まるとは限らない?
冒頭に記載したように、認知症は物忘れから始まるとは限りません。厳密に言うと、物忘れと記憶障害は定義が異なります。
記憶には3つの段階があり、①記銘 ②保持 ③想起 があります。よく言う物忘れとは、③想起がうまくいかない場合です。
この「想起」とは、脳に保存された記憶を外部に表出する過程そのものを指します。認知症と違って物忘れは記憶自体は脳に記憶されているので、何かしらのヒントがあれば思い出せますし、しばらくして思い出すこともできます。
記憶障害は脳に情報を記憶(記銘)すること自体が難しいため、そもそも思い出しようがありません。
アルツハイマー型認知症は、いわゆる短期記憶障害(少し前のことが思い出せない)から始まることが多いと言われていますが、認知症には他のタイプもあります。そのタイプによっては、作業の順番がわからなくなることが増えた・・・、最近性格が変わった・・・など、別の症状から現れる認知症もあるのです。
認知症の診断で用いられている診断基準に米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第 5 版4)(DSM-5)があります。
これによると、少なくとも 1 つの認知領域(複雑性注意・遂行機能・学習および記憶言語・知覚-運動・社会的認知)で有意な機能障害があり、日常の社会生活や対人関係に支障をきたし、せん妄や、その他の精神病(うつ病・統合失調症)が否定されれば認知症と診断されるようです。このことから、認知症は必ずしも記憶障害がメインの症状ではないのです。そのため、久しぶりにあった親と話していて料理が億劫になった・・・、昔より怒りっぽくなったなど、小さな変化が前触れとして表れている可能性があるため、気にかけておくとよいでしょう。
認知症4大タイプ
過去の研究では、日本における認知症の病型の調査で,アルツハイマー型認知症が 67.6%と多く、血管性認知症が 19.5%、Lewy 小体型認知症 / 認知症を伴う Parkinson 病が 4.3%との結果が出ています(引用文献:厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業.都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応.平成 23 年度~平成 24 年度総合研究報告書,2013)
アルツハイマー型認知症が多くを占めるようですが、それぞれのタイプは病変部が異なるため、実際に見られてくる症状も異なります。
以下が認知症のタイプとそれぞれの特徴です。
このように、タイプによって中核症状も異なれば、それに伴って見られる行動心理症状も変わります。実際の介護では、この行動心理症状といかに付き合うかが、認知症をもつ方とのやりとりで重要になってきます。
関わり方の例
ここまでは認知症のタイプについて説明しました。どんな分類があるのか知ることは大切ですが、実際の介護場面で特に困るのは、行動・心理症状としてみられる不穏や興奮、暴力・暴言、介護やリハビリの拒否行動です。ずっと認知症介護をしていると、認知症だから仕方ない・・・そんな風に考えて、暴力や不穏行動に耐えるしかないと思ってしまうこともあると思います。
しかし、ここで諦めずに考えていきたいのが、そのような不穏行動がおきてしまった原因です。認知症の方はどんな思いをもって、そういった行動をしたのか、その背景についてです。実際にその人の心になりきって考えることは難しいことですが、自分が同じような状況になったら、どんな行動をするだろうかと考えるとわかりやすいと思います。
実際に病院で経験した症例ですが、認知症の患者様の病室にリハビリで介入する際に意識して行った事例になります。
認知症になると、上述したように記憶障害や見当識障害がみられます。ここで言う見当識とは、時間(T)や場所(P)のことを表しますが、これが侵されるということは健康な人からしても想像を絶する恐怖だと僕は思っています。現在が何年の何月なのか?よくわからない場所(カーテンで閉め切られた病室)で自分が横たわっているだけでも怖いです。時間と場所だけならよいですが、見当識という言葉は、実は認知症について語るのに不足しているように思います。実際には何でここにいるのか?目的(O)がわかっていないことは自己の認識をより曖昧にするのです。つまり、人は時間(T)・場所(P)・目的(O)の3つを把握できていない場合に、強烈な恐怖に見舞われるのです。
さて、そんな状態で知らない人(実際には昨日や1時間前に合っている)が自分が横になっている病室に急に入ってきました。皆様はどう感じるでしょうか?私がその立場なら、襲われるのではないか?!財産目当てに!と思います。そんな思いが先行すれば、選択肢は攻撃か逃亡の2択です。
このように考えてみると、暴力行為や暴言を吐くという認知症にみられるはずの症状が、実際には自分自身が同じ立場なら当たり前のように感じませんか?
そこで、患者さんのお部屋に行ったときには、この「T・P・O」ができるだけわかりやすい状況を作ることを意識してお話するようにしました。
まずは、入室からが勝負です。いきなり挨拶をしてカーテンを開けるのは、心の準備が足りません。ドアがなければ壁でもよいので、ノックをして「今からお部屋に入ります」という合図を送ります。それから挨拶をしました。
入室後の対応は症状によって変えることもありますが、自分の名前も名乗りつつ患者さんのお名前も確認し、お互いが誰なのかを伝えあいます。そして、どうしてお伺いしたのかその目的をお伝えしてからリハビリを実施すると、リハビリや介護の介入拒否が多いと言われている患者様でも、何事もなかったかのように介入することができました。また、時計と一緒にスケジュール表が目に入りやすい環境にすることで、この時間は食事、この時間はリハビリというように、事前に時間と目的の関連を印象づけることが可能です。
もちろん毎回同じ方法でうまくいくとは限りませんが、中核症状を理解したうえで、患者様のなかでどこがうまくできていないのかを考えて寄り添って対応できると、お互いが心地よい時間を共有することもできるのです。
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認知症ケアの技法
上記の関わり方をする前は、患者様のところに行ってもリハビリを拒否されることが多かった私ですが、認知症ケアで提唱されている技法を学んでからは、お話ができるようになりリハビリも受け入れてくくださる事が増えました。
以下は、私が参考にさせて頂いた認知症ケアの技法になります。他にも技法があるようですが、勉強して実践してみた際に効果を実感できたものを挙げさせて頂きます。
- パーソンセンタードケア
- ユマニチュード
- バリデーション
①パーソンセンタードケア
認知症の方を一人の「人」として尊重し、その人の視点や立場に立って理解し、その人を中心とするケアです。この考え方は、認知症だから仕方ないと諦めていた私の考え方を根本から変えてくれたものです。
ここでは架空の設定で仮説を立てます。施設の食事提供に対して拒否があるAさん。お盆に乗ったお皿の上の料理を見ても口をつけようとしませんでした。
食事の拒否といういわゆる行動症状です。しかし、この行動にはその人らしさの表れがあると考えてそれに寄り添うのがこの技法の特徴です。
ここで一度Aさんがどんな方なのかを評価して一覧にまとめてみます。すると、、、
脳の機能障害:アルツハイマー型認知症による記憶障害→最近の事は覚えられえない。若いころの記憶は保持している。
健康状態:白内障があり、見えにくさがある。
生活歴:和食中心の生活。一皿ずつ食べていた。
性格:こまめな性格。
環境:施設の個室部屋。ベッド上で食事をとっている。
このような評価が出来ました。次にそれぞれの特徴を考えていきます。
まず、大きな要因である記憶障害ですが、アルツハイマー型認知症は過去の記憶は保持されやすいという性質があります。そのため、子供のころに見たものは記憶として残っている可能性があるとすると、その当時食べていたものは視覚で食事として認知しやすいかもしれません。
次に健康状態ですが、白内障になると目に見えるもののコントラストが曖昧になります。もし、ごはんが白い器に盛りつけられていると、お茶碗の中身をごはんとして認識するのが難しい可能性があります。
生活歴で考えると、元々和食中心の生活の場合、お肉料理やパンなどを食べる機会が少ないと、記憶障害も合わさり洋食料理を食べ物として認識しにくい可能性が挙げられます。また、一品ずつ食べていた食生活の方だと、お盆にすべて配膳された状態はかえってわかりにくいかもしれません。
環境については、ベッド上で食事をとること自体が過去の経験にないと、食事を連想することが難しくなります。また、個室で一人食事をとるよりも、周りに人がいる状況を作り、食卓を囲むような環境を設定する必要があるかもしれません。
以上のことから、食事提供に対して拒否をしていた原因は、提供された料理を食べ物だと認識しにくい環境にしていたことが考えられます。
そのため次に食事提供をする際にはこんな工夫を考えます。
- 視覚で分かりやすいものを提供 例:お魚料理(和食) ご飯はおにぎりにする(子供の記憶)or黒いお茶碗を使用(コントラスト)
- 提供方法の変更 例:お皿を一つずつ提供(過去の食生活歴)
- 食事環境の変更 例:職員や他利用者様と同じ食卓で食べる
このように、行動症状は中核症状(Aさんの場合は記憶障害)に起因して起こりますが、そのあり方はあくまでAさんの生き様を反映して現れると考えられます。このように評価してみると、「認知症だから・・・」と一言で終えてしまうのは、あまりにももったいないと感じます。
パーソンセンタードケアを行い、行動症状が「症状」として現れなくなることは、本人様にとってもストレスが減るため大変意味のある技法だと感じています。私自身も、この考え方を学んだことで、認知症の方とも関わりやすくなり、少しでも本人様の気持ちを考えられるようになれたと実感しています。もし、認知症の方とのやり取り悩んでいる方は、一度学んでみると何かヒントになるかもしれません。
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